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お風呂の歴史(江戸~昭和時代)鉄砲風呂

月曜日, 3月 22nd, 2010

江戸時代でも大都市でのお風呂の燃料代は高く、河川からの水の運び賃も高く、火災の不安もありました。

江戸に湧水量の多い掘りぬき井戸ができたのは1810年ごろの事です。

そして、家庭用に据え風呂が広まってきました。
京阪地方では、五右衛門風呂が、江戸地方では、鉄砲風呂と呼ばれるものが一般的でした。

鉄砲風呂とは、浴槽は木桶、銅や鉄製の火をたく筒をお風呂の中に装置したお風呂です。
うっかり触るとやけどをしてしまいます。
水を汲み、たきぎで火をおこすため、家庭でお風呂に入るのは大変でした。

庶民の家庭にもやっとお風呂ができたと言う感じですね。
なかなか入るのに労力を要しますが、それでも家庭にお風呂が欲しかったのでしょう。
この頃には、もうお風呂はに日本人にはなくてはならないものになっているようです。

お風呂の歴史(ローマ風呂)

月曜日, 3月 22nd, 2010

「日本人とローマ人はお風呂が大好き」と言われるくらいお風呂好きの古代ローマ人。

4世紀のローマには、11の公衆浴場と、856の私設風呂があったと言われています。
ポンペイの個人住宅には、30もの蛇口をつけている所もあったようです。

公衆浴場は、銭湯で、入浴料を払って入ります。個人用のオイルや軟膏を持参するひともいたらしいです。

浴場には、大きな浴槽のほか、温室(カリダリウムと呼ばれていた)や蒸し風呂(ラコニウム)もあって、お風呂を楽しめる施設になっていました。

入浴時間は、午後1時から夕暮れまでで、一休みしては入浴を再び繰り返していたようです。

「お風呂は食欲を増進させる」と言って、お風呂に入っては食べ、食べては入るという生活だったと言います。
今では全く考えられないような生活を送っていたのですね。
恐るべし、古代ローマ人。

参考文献:
美人・痩身・爽快バスタイム 美人をつくるお風呂 編集人/佐々木純子

お風呂の歴史(ギリシャ クレタ島)

月曜日, 3月 22nd, 2010

ギリシャのクレタ島は、ヨーロッパ文明発祥の地です。

クレタ島で、王ミノスのために建てられた大宮殿の遺跡が発掘されました。
 
その宮殿には、世界最古の浴槽がありました。
そして、その浴槽は紀元前1700年ごろの浴槽にも関わらず、給・排水が完備された立派なバスルームで使用されていたと言うのです。

浴槽の形も現在の浴槽とほとんど変わらなく、テラコッタのパイプを使った給水設備は、途中で水が滞らないように工夫されていました。

宮殿の各地域はそれぞれ独立した排水設備があり、大きな本下水に流れるような仕組みになっていました。

当時のクレタ島に住んでいたミノア人の水力学や衛生士の技術を結集した素晴らしいものとなっています。

参考文献:
美人・痩身・爽快バスタイム 美人をつくるお風呂 編集人/佐々木純子